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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)764号 判決 1989年2月22日

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴人

主文同旨

二、被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加、訂正するほかは原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、原判決二枚目裏末行の次に、改行のうえ次のとおり付加する。

「なお、本件共同相続登記は、相続税の延納の許可を得るという目的のためだけの暫定的なものとしてしたものであり、本件土地につき遺産分割協議をしたことに基づくものではない。」

二、同三枚目表四行目末尾に「本件持分売買契約の趣旨は、鈴子の本件土地に対する客観的な相続分、すなわち指定相続分八〇分の一三を被控訴人に譲渡するというものである。」を付加し、一四行目の「以下」を「乙第五号証。以下」と訂正する。

三、同四枚目表一五行目の「契約書」の次に「(乙第三号証)」を付加する。

四、同四枚目裏五行目の「変更する」を「変更し、これに従った売買代金額の清算をする」と訂正し、八行目末尾に「もし、被控訴人が本件持分売買契約により鈴子の本件土地の持分四分の一を確定的に取得するものであれば、売買代金額の清算などは不要となるはずである。」を付加する。

五、同五枚目表一行目末尾に「それゆえ、被控訴人が本件土地の共有持分四分の一の所有権移転登記を経由していたとしても、これは実体の伴わないものであるし、被控訴人は右登記の取得につき背信的悪意者にも比肩しうるものであるから、右登記どおりの持分割合を控訴人に主張することは、審議則上も許されない。」を付加する。

六、同六枚目裏一〇行目冒頭から同八枚目表七行目末尾までを、次のとおり訂正する。

「1 相殺(その一)

(一)  本判決別紙物件目録(一)ないし(八)記載の各土地は、もと観太郎の所有で、被控訴人に賃貸されていたものであるが、観太郎はその生前に右各土地の一部である左記受贈土地(以下「本件受贈土地」という。)を左記受贈者(以下「本件受贈者」という。)にそれぞれ贈与し、右贈与後は本件受贈者が本件受贈土地をそれぞれ被控訴人に賃貸して今日に及んでいる。

(受贈者) (受贈土地)

延原鈴子 五〇二五・二五平方メートル

小此木富美 四〇九八・三八平方メートル

高津千代 四一四一・六八平方メートル

五川由貴 四三八七・三七平方メートル

延原楊子 一六五二・八九平方メートル

岡本万貴子 一六五二・八九平方メートル

木村利江子 一六五二・八九平方メートル

延原清恵 一六五二・八九平方メートル

(二)  ところで、被控訴人の本件受贈者に対する土地賃料の支払は、被控訴人が本件受贈土地の固定資産税及び都市計画税を賃料中から控除してこれを納付し、その残余を本件受贈者に支払うこととされているものである。そして、遅くとも昭和五三年四月一日から同六一年三月三一日までの間の本件受贈土地の固定資産税及び都市計画税については、被控訴人がこれを納付しているものの、被控訴人が控訴人らを被供託者として大阪法務局宛に行っている後記本件賃貸不動産の賃料の弁済供託(乙第一〇ないし第一二号証、第二五ないし第二九号証参照)に当たっては、本件受贈土地の固定資産税及び都市計画税を供託すべき賃料中から控除して供託をしている(乙第一三ないし第一五号証、第三〇ないし第三四号証参照)。

(三)  本件受贈土地の固定資産税及び都市計画税が、右本件賃貸不動産の賃料中から控除される理由はない。被控訴人は、本件賃貸不動産の賃料中本件受贈土地の固定資産税及び都市計画税に相当する金額につき、控訴人らへの支払はもとより、何らの弁済供託もしていない。

(四)  本件受贈土地の昭和五三年四月一日から同六一年三月三一日までの各年度の固定資産税及び都市計画税の額は、左記のとおりであって(その算出根拠は、本判決別紙一覧表のとおりである。)、被控訴人は、左記金額を未払賃料として本件賃貸不動産の賃貸人である控訴人らに支払う義務がある。

(期間) (未払賃料)

(1) 昭和五三年度分(53・4・1~54・3・31)

金九三八万四〇八二円

(2) 同五四年度分(54・4・1~55・3・31)

金一〇三二万二四八〇円

(3) 同五五年度分(55・4・1~56・3・31)

金一一三五万四七三一円

(4) 同五六年度分(56・4・1~57・3・31)

金一一四一万五五四八円

(5) 同五七年度分(57・4・1~58・3・31)

金一三一二万七八七九円

(6) 同五八年度分(58・4・1~59・3・31)

金一五〇九万七〇五七円

(7) 同五九年度分(59・4・1~60・3・31)

金一六〇七万三〇九七円

(8) 同六〇年度分(60・4・1~61・3・31)

金一七六八万〇四〇〇円

(五)  控訴人が本件賃貸不動産から生ずる賃料債権について少なくとも八〇分の二一の割合でこれを取得し、直接その支払を求め得ることは、後述のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対し、前期(四)の未払賃料につきその八〇分の二一に相当する左記未払賃料合計金二七四一万九五〇六円及びこれに対する弁済期後各支払ずみまで民法所定年五分の割合による左記遅延損害金の支払債権を有する。そこで、控訴人は被控訴人に対し、昭和六三年三月二二日の当審における第六回口頭弁論期日において、右支払債権と本件求償債権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(期間) (未払賃料)(遅延損害金)

(1) 昭和五三年度分 金二四六万三三二一円

上記金額に対する昭和五四年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(2) 昭和五四年度分 金二七〇万九六五一円

上記金額に対する昭和五五年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(3) 昭和五五年度分 金二九八万〇六一六円

上記金額に対する昭和五六年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(4) 昭和五六年度分 金二九九万六五八一円

上記金額に対する昭和五七年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(5) 昭和五七年度分 金三四四万六〇六八円

上記金額に対する昭和五八年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(6) 昭和五八年度分 金三九六万二九七七円

上記金額に対する昭和五九年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(7) 昭和五九年度分 金四二一万九一八七円

上記金額に対する昭和六〇年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(8) 昭和六〇年度分 金四六四万一一〇五円

上記金額に対する昭和六一年四月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員

(なお、本件賃貸不動産から生ずる賃料の支払期は、本来毎月分を毎月末に支払うべきものであるが、ここでは遅くとも各年度末の三月三一日に一年分を支払うべきものとして主張する。)

2. 相殺(その二)

(一)  観太郎は、本判決別表(1)記載の1ないし4、7ないし34の土地建物(以下「本件賃貸不動産」という。)及びクレーン(大阪市東淀川区西淡路六丁目三〇番所在)を所有し、これを同表の支払賃料欄記載の賃料で被控訴人に賃貸していたところ、観太郎は昭和四七年七月一七日に死亡したので、本件共同相続人がその賃貸人の地位を承継した。

(二)  観太郎の死亡時点以降の本件賃貸不動産についての賃料債権は、本件共同相続人が各相続分に応じてこれを取得するものとなるところ、本件遺言書による本件共同相続人の指定相続分は、鈴子が八〇分の一三、控訴人が八〇分の二一、千恵子が八〇分の三七、久雄が八〇分の九である。

(三)  そうすると、昭和五三年四月一日から同五六年三月三一日までの間の本件賃貸不動産の賃料のうち、控訴人に帰属すべき賃料額(但し、固定資産税等を控除した後の金額)は、本判決別表(イ)ないし(ハ)記載のとおり合計金一四六七万六〇七八円となる。

(四)  仮にそうではないとしても、控訴人の指定相続分は、本件遺言書を如何に解釈しても一三分の三を下回ることはないから(被控訴人の持分は一〇分の三となる)、その場合控訴人に帰属すべき賃料額(但し、固定資産税等を控除した後の金額)は、本判決別表(A)ないし(C)記載のとおり合計金一二九〇万二〇四五円となる。

(五)  仮にそうではないとしても、右期間の本件賃貸不動産の賃料のうち、久雄の遺留分減殺請求権八分の一全てが行使されたとしても、減殺後の控訴人の持分割合は一〇四分の二一となるから(被控訴人の持分は八三分の二一となる)、その場合控訴人に帰属すべき賃料額(但し、固定資産税等を控除した後の金額)は、本判決別表(X)ないし(Z)記載のとおり合計金一一二八万九二八九円となる。

(六)  控訴人は被控訴人に対し、昭和六一年八月一三日の原審における第一五回口頭弁論期日において、被控訴人の本訴請求債権と控訴人の被控訴人に対する右(三)の賃料債権とを、これが認められないときは右(四)の賃料債権とを、それぞれその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(七)  控訴人は被控訴人に対し、昭和六一年一〇月二〇日の原審における第一七回口頭弁論期日において、被控訴人の本訴請求債権と控訴人の被控訴人に対する右(五)の賃料債権とを、その対当額で相殺する旨の意思表示をした。

3.(一) なお、右各相殺の主張順序は、相殺(その一)を先順位とし、相殺(その二)を後順位とする。

(二) また、観太郎死亡後における本件賃貸不動産の賃料債権は可分債権であるから、本件共同相続人がこれをその相続分の割合に応じて当然に分割承継するものである(最判昭和二九年四月八日民集八巻四号八一九頁参照)。

4. 権利濫用」

七、同八枚目裏一行目冒頭から六行目の「原告は」までを、次のとおり訂正する。

「1.(一) 仮定抗弁1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)の事実は認める。

(三) 同1(三)の主張は争う。

(四) 同1(四)のうち、昭和五三年ないし同六〇年度の固定資産税及び都市計画税の額が控訴人主張のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。

(五) 同1(五)の主張は争う。

2.(一) 同2(一)の事実は認める。

(二) 同2の(二)ないし(五)の事実及び主張は、全て否認しかつ争う。

3. 同3(二)の主張は争う。

相続開始後に発生した賃料債権は不可分債権であるから(東京地判昭和四五年七月一六日判例時報六一三号六九頁、同昭和四七年一二月二二日判例時報七〇八号五九頁参照)、相続財産と一体のものとして遺産分割の対象となるものであり、共同相続人の多数決による共同管理に服するものである。

4. 同4の主張は争う。

控訴人自身、かつて本件求償債務の存在を承認していたこと(甲第七号証参照)及び弁済供託が後記八のとおり有効であることなどからして、被控訴人の本訴請求は権利の濫用ではない。

六、再抗弁

1. 相殺の抗弁(その一)に対して

観太郎及び被控訴人並びに本件受贈者は、観太郎が受け取るべき賃料の額から本件受贈者が本来支払うべき本件受贈土地の公租公課を控除した残余を被控訴人から観太郎に支払うものとする旨合意した。そこで、被控訴人はこれに従って算出された金額を供託してきた。観太郎がこのような合意をしたのは、本件受贈者が観太郎の子、子の配偶者、孫等一族の者ばかりであったこと及び本件受贈者に対する所有権移転登記がされていなかったので公租公課は観太郎を納税義務者として賦課されていたことなどによるものである。したがって、本件受贈者の負担すべき公租公課を差し引いた残額が、観太郎の受領すべき賃料であったものであり、観太郎が死亡し控訴人らが相続した後においてもこのような取扱が継続されてきた。

2. 相殺の抗弁(その2)に対して

被控訴人は」

八、同八枚目裏一四行目冒頭から一六行目末尾までを、次のとおり訂正する。

「(認否)

1. 再抗弁1の事実は否認する。

2. 同2の事実は認める。

(主張・・・再抗弁2について)」

九、同九枚目裏一一行目の「記録中の」の次に「原審及び当審の」を付加する。

理由

一、請求原因1及び2、同3のうち本件土地の共有持分四分の一につき鈴子から被控訴人に対して昭和五〇年一二月二二日売買を原因とする同五一年二月四日付持分移転登記が経由されたこと、同4の各事実は、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、公売処分に付された本件土地の公売代金一億九三八一万二〇〇〇円は、請求原因4の(一)の滞納処分費三万九五〇〇円、同(二)及び(三)の控訴人の滞納相続税一億〇三九八万四七〇三円に配当されたのち、残余の八九七八万七七九七円につき、被控訴人には金三三三八万九五五七円(この金額の算出根拠は左記の算式のとおりである。)が、久雄及び千恵子は各金二八一九万九一二〇円がそれぞれ交付されたこと及び右滞納処分は右の者らが本件土地につき各四分の一の共有持分を有することを前提として処理されたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

<省略>

二、本件共同相続人の相続分について

1. 観太郎の相続人は、いずれもその子である本件共同相続人四名であるから、本件共同相続人の法定相続分は各四分の一である。

2. しかしながら、前記争いのない事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  観太郎には、妻アヤがあったが、同人は観太郎の死亡前である昭和四六年四月一日に死亡していた。

(二)  観太郎は、その死亡の約三年半前の昭和四四年一月二五日付の自筆証書遺言書(本件遺言書。乙第二号証の一)を作成しており、本件遺言書の検認は同四七年九月一八日に神戸家庭裁判所尼崎支部で終了したものであるが、本件遺言書には左記のような内容が記載されていた。

遺言者延原観太郎はその相続人である左記五名の者の相続分を次のとおり指定する。

一 妻延原アヤの相続分は全資産の二〇分の七とする。

二 長女延原鈴子は全資(なお、これは、全資産の誤記と認められる。)の二〇分の三とする(なお、この「二〇分の三」の記載は、一旦「廿分の壱」と記載したその「壱」の文字を斜線で抹消して、その横に「三」と加筆して訂正したものであり、右抹消部分に観太郎の印を押し、上部欄外に「壱字訂正」と変更した旨の付記がされているが、この付記に観太郎の署名はされていない。

三  長男延原星夫は全資産の二〇分の三とする

四  次女千恵子は全資産の二〇分の七とする

五  次男延原久雄は現在に至る迄の間に既に応分以上の財産を取得して居るので同人の相続分はないものとする

(三) 本件共同相続人間には、観太郎の本件遺言書の解釈をめぐる各人の相続分等についての争いがあり、その遺産分割申立事件は未だ神戸家庭裁判所尼崎支部等において係属中であって、本件共同相続人間で右遺産の分割協議は全くなされていない。しかしながら、本件共同相続人は、観太郎の遺産についての相続税の申告をなし、右相続税の延納許可を得る便宜上、右目的の限りにおいて本件共同相続登記をすることを合意して、右登記を経由した。そして、本件共同相続人は、本件共同相続登記は右目的のために暫定的になすもので後日なされるべき遺産分割協議に右登記がいささかも影響を与えるものではないことを、相互に確認する趣旨の本件覚書(この覚書の存在は、当事者間に争いがない。)を取り交わした。

3. 以上の認定事実に基づいて、本件遺言書の効力及びこれによる本件共同相続人の相続分について検討する。

(一)  観太郎の妻アヤは、本件遺言書が作成された後でかつ観太郎の死亡前に死亡しているので、民法九九四条一項の規定によりアヤの相続分二〇分の七の指定は効力を生ぜず、指定がなかったことになる。

(二)  鈴子の相続分を指定した部分については、前記のとおりの訂正がなされているところ、右訂正は相続分を指定する数値の訂正という遺言の実質的な内容にわたる重要な部分の訂正であり、その記載自体からみて明らかな誤記の訂正と解することはできない性質のものであるから、右数値の変更をなすには、民法九六八条二項所定の方式に従う必要があるものと解される。ところが、右訂正については、本件遺言書の上部欄外の「壱字訂正」との付記に観太郎の署名がされていないので、右訂正は適法な変更の方式を欠く無効なものであり、結局訂正前の「二〇分の一」の指定が有効な相続分の指定であると解すべきである。

したがって、指定相続分は、鈴子が二〇分の一、控訴人が二〇分の三、千恵子が二〇分の七ということになる。そして、アヤの指定相続分二〇分の七及び遺言変更の方式違背により無効となった鈴子の指定相続分二〇分の二の合計二〇分の九は、遺言による指定がなかったものというべきである。

(三)  ところで、本件遺言書には、久雄の相続分につき「現在に至る迄の間に既に応分以上の財産を取得して居るので相続分はないものとする」との記載があるが、右記載のみでは、遺言による指定がなかったものと解される前記二〇分の九の部分についてまでも、有効な指定相続分に応じて配分するものとする旨の遺言者の意思を推認すべき特段の事情があるとは認め難いから、右二〇分の九の部分については、法定相続分に応じて本件共同相続人に配分するのが相当である。

(四)  そうすると、本件共同相続人の各相続分は、

鈴子が八〇分の一三(<省略>)、控訴人が八〇分の二一(<省略>)、千恵子が八〇分の三七(<省略>)、久雄が八〇分の九(<省略>)となる(以下、右の各相続分を単に「本件指定相続分」という。)。

三、本件持分売買契約の効力について

1. <証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、昭和五〇年一二月二二日、鈴子との間で、観太郎の遺産のうち本件土地を含む土地七筆及び建物三棟に対する鈴子の各共有持分四分の一を代金合計金三億八三〇七万五〇〇〇円で買い受ける本件持分売買契約を締結し、その旨の土地建物売買契約書(乙第三号証)を作成したこと、しかしながら、右売買契約の当時、既に本件共同相続人間は、観太郎の遺産の範囲、本件遺言書の解釈をめぐる各人の相続分、特別受益の有無や久雄が同四八年七月一一日到達の書面でその余の本件共同相続人らに対してした遺留分減殺請求の効力等につき激しい争いがあって、観太郎の遺産につき分割協議をなし得るような状況には全くなく、また、本件遺言書の存在などから、鈴子については、その法定相続分の四分の一を下回る割合でしか遺産の相続をなし得ないこととなる可能性も十分に予想されたこと、そこで、右売買契約書の第二条で「本件物件の売買代金は、金三億八三〇七万五〇〇〇円とする。」旨の合意、また第三条で「本件物件に関する鈴子の持分四分の一が将来変更され、よって被控訴人の持分も変更された場合は、前条の売買代金算出基準に従い、右両者間の代金額を清算する。」旨の本件付随合意(この本件付随合意の存在は、当事者間に争いがない。)などが、被控訴人と鈴子との間でなされたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2.(一) ところで、遺産分割前においても、観太郎の共同相続人の一人である鈴子から遺産を構成する特定の本件土地について同人の有する共有持分を譲り受けた第三者たる被控訴人は、適法に鈴子の有する権利を取得することができる。しかしながら、被控訴人の取得し得る共有持分は、鈴子の有する共有持分の範囲に止まるものであり、これを超える共有持分を譲り受けたとしても、その超過部分については鈴子が無権利者であるから、被控訴人はこれを取得することができないものというべきである。そして、鈴子の有する共有部分は、相続分により定まるものであり(民法八九九条)、右相続分とは、第一次的には法定相続分(同法九〇〇条)であるが、被相続人たる観太郎が遺言で法定相続分と異なる相続分の指定をしている本件のような場合においては、指定相続分(同法九〇二条)であり、さらに、特別受益や寄与などがあるときには、原則としてこれらをも考慮した具体的相続分(同法九〇三条)であるといわなければならない。しかし、本件においては、具体的相続分を確定するに足る主張・立証がなく、かつ、弁論の全趣旨からその確定を求めているとも解されないから、本件の指定相続分の段階において本件共同相続人の共有持分割合を定めるのが相当である。

なお、この点につき、被控訴人は、本件共同相続人が本件土地につき各相続人の持分を法定相続分に従った四分の一ずつとする本件共同相続登記を経由した後に鈴子との間で本件持分売買契約を締結したことを根拠として、本件土地の四分の一の共有持分を有効に取得した旨主張するが、相続人全員のためにする共同相続登記は、相続人中の一人によってもなし得る保存行為であって、当該不動産が共同相続財産であることを公示する意義しか有しないものであるから、右外観を信頼した第三者を保護する必要性はないし、ましてや法定相続分という法の作出した権利外観を信頼した第三者を保護すべき根拠も見い出すことはできないので、被控訴人の右主張は採用することができない。

(二) そうすると、被控訴人が本件持分売買契約により有効に取得した本件土地の共有持分は八〇分の一三というべきである。

四、被控訴人の控訴人に対する求償権の存否について

1. 控訴人、久雄、千恵子及び被控訴人の共有にかかる本件土地は、控訴人の相続税滞納を原因として公売されたものであって(相続税法三四条一項)、控訴人を除く他の共有持分権者には負担部分がないものであるから、国税徴収法一二九条に従って配当された換価代金の残余金が右共有持分権者の持分割合に満たない本件にあっては、右共有持分権者は持分割合に満たない金額について、控訴人に対し求償できるというべきである。

2. ところで、右公売手続においては、本件土地共有持分権者の共有持分が法定相続分に従って四分の一であることを前提として、請求原因4(三)記載のとおり、充当及び残余金交付計算がされているけれども、それぞれの共有持分がこれと異なることは前記のとおりであり、本来被控訴人が交付を受けるべき残余金は、換価代金一億九三八一万二〇〇〇円の八〇分の一三である三一四九万四四五〇円であるところ、被控訴人には、前認定のとおり、その本来取得すべき右換価代金額よりも多額の金三三三八万九五五七円の残余金が交付されている。

3. そうすると、滞納処分としての前記公売手続中で処理された結果とは異なり、被控訴人は、本来取得すべき換価代金を全額取得しており、控訴人の滞納相続税の支払のためには何ら出捐してはいないことになる。したがって、被控訴人は、控訴人に対し、本訴求償債権を有しないものというべきである。

五、以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものである。

六、よって、被控訴人の控訴人に対する本訴請求を認容した原判決は失当であるから、これを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

物件目録

(一) 大阪市東淀川区西淡路六丁目五六番

一 宅地 一四九六・〇三平方メートル

(二) 同所六九番

一 宅地 六六九七・一二平方メートル

(三) 同所七〇番

一 雑種地(現況宅地) 六六六七・〇〇平方メートル

(四) 同所七一番

一 雑種地(現況宅地) 一四二四・〇〇平方メートル

(五) 同所七五番

一 雑種地(現況宅地) 六二七一・〇〇平方メートル

(六) 同所七六番

一 雑種地(現況宅地) 一万四八九二・〇〇平方メートル

(七) 同所七七番

一 宅地 一万〇九四九・七一平方メートル

(八) 同所七八番

一 宅地 二一〇八・二三平方メートル

(以上合計五万〇五〇五・〇九平方メートル)

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